配偶者短期居住権とは?
「夫が亡くなったら、今住んでいる家から出て行かなければならないの?」こんな不安を感じたことはありませんか。
2020年4月1日以降に亡くなられた方の相続から施行された配偶者短期居住権は、配偶者が亡くなった後も、残された配偶者が最低6ヶ月間は無償で自宅に住み続けることができるという制度です。遺産分割の話し合いがまとまるまでの間、住む場所を失う心配がなくなります。
- 自動的に発生:特別な手続きや遺言がなくても、法律上当然に認められます
- 無償で居住可能:家賃を支払う必要はありません
- 最低6ヶ月間保証:遺産分割が早く終わっても、相続開始から6ヶ月間は住み続けられます
従来は、配偶者の居住権が法律で明確に定められていなかったため、他の相続人から「家を出て行って」と言われてしまうケースもありました。この制度により、残された配偶者の生活が守られるようになったのです。
いつまで住めるの?期間の計算方法
配偶者短期居住権でいつまで住めるかは、建物が誰のものになるかによって2つのパターンに分かれます。
パターン1:遺産分割で建物の所有者が決まる場合
相続人全員で遺産分割協議を行う通常のケースでは、次のいずれか遅い日まで住むことができます。
- 遺産分割により建物の帰属が確定した日
- 相続開始から6ヶ月を経過した日
状況:相続開始から3ヶ月で遺産分割協議が成立し、長男が自宅を相続することになった。
結果:「6ヶ月経過日」の方が遅いため、配偶者は相続開始から6ヶ月間は住み続けることができます。すぐに退去する必要はありません。
状況:相続人の間で話し合いがまとまらず、遺産分割協議が3年かかった。
結果:「遺産分割確定日(3年後)」まで権利は存続します。つまり、協議が長引けば長引くほど、配偶者は住み続けることができます。
パターン2:遺言などで所有者が決まっている場合
遺言で第三者に建物が遺贈された場合や、配偶者が相続放棄をした場合は、次の日まで住むことができます。
- 建物の取得者から「配偶者短期居住権の消滅の申入れ」があった日から6か月を経過する日まで
状況:夫が遺言で「自宅を知人Aに遺贈する」と書き残して死亡。知人Aから「すぐに出て行って」と要求された。
結果:その申し入れを受けた日から6ヶ月間は退去する必要がありません。この期間中に、転居先を探したり、遺留分侵害額請求の準備を整えたりする時間的猶予が確保されます。
配偶者短期居住権が成立する3つの要件
配偶者短期居住権は自動的に発生しますが、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
要件1:法律上の配偶者であること
相続開始時において、被相続人と戸籍上の婚姻関係にあることが必要です。
長年連れ添ったパートナーであっても、戸籍上の届出がない場合、配偶者短期居住権は認められません。これは相続権そのものが認められないのと同様です。
なお、離婚調停中や別居中であっても、相続開始時に離婚届が提出されていなければ、形式的には配偶者として権利を主張できます。
要件2:被相続人が所有していた建物に居住していたこと
相続開始時に、被相続人が所有する建物に「生活の本拠」として住んでいたことが必要です。
入院中・施設入所中の場合は?
相続開始時に病院に入院していたり、老人ホームに入所していた場合でも、それが一時的であり、自宅に戻る見込みや意思があって家財道具が残されているような場合は、「居住」と認められる可能性があります。
建物が被相続人と第三者の共有の場合でも、配偶者短期居住権が直ちに「成立しない」とは限りません。ただし、権利関係が複雑になりやすく、共有者との調整が必要になるため、登記簿で持分関係を確認したうえで個別判断が重要です。
実務上見落としやすい点ですので、事前に登記簿で所有関係を確認することが大切です。
要件3:無償で居住していたこと
被相続人に対して家賃などを支払わず、無償で住んでいたことが条件です。
もし夫婦間で賃貸借契約を結び、配偶者が家賃を支払っていた場合(まれなケースですが)、配偶者短期居住権ではなく「賃借権」として保護されます。賃借権は借地借家法で強力に保護されるため、より有利な場合が多くなります。
配偶者短期居住権と配偶者居住権(長期)の違い
「短期」と「長期」は名前こそ似ていますが、全く別の制度です。どちらを選ぶべきか、比較表で確認しましょう。
長期の配偶者居住権について詳しくは、「配偶者居住権とは?メリット・デメリットを司法書士がわかりやすく解説」をご覧ください。
| 比較項目 | 配偶者短期居住権 | 配偶者居住権(長期) |
|---|---|---|
| 発生条件 | 要件を満たせば自動発生 | 遺産分割協議・遺言・家裁の審判が必要 |
| 存続期間 | 最低6ヶ月〜遺産分割確定まで | 原則として配偶者の終身 |
| 建物使用範囲 | 居住していた部分のみ | 建物全体(原則) |
| 収益(賃貸)権 | 原則不可(承諾があれば第三者使用可) | あり(所有者の承諾で可) |
| 登記 | 登記不可 | 登記義務あり(対抗要件) |
| 第三者への対抗力 | なし | あり(登記すれば対抗可) |
| 財産価値 | ゼロ(相続税評価なし) | あり(建物価値の一部として評価) |
| 相続税 | 非課税 | 課税対象(配偶者控除は適用可) |
| 主な目的 | 一時的な避難措置・転居猶予 | 終の棲家の確保・生活資金の温存 |
どちらを選ぶべき?
- 配偶者短期居住権が向いている人:転居を考えている、当面の住む場所さえ確保できればいい、他の財産(預貯金など)を多く相続したい
- 配偶者居住権(長期)が向いている人:終身そこに住み続けたい、店舗など収益物件を活用したい、第三者に売却されるリスクを防ぎたい
実際のトラブル事例と対処法
司法書士として実際に相談を受けるケースをもとに、トラブル事例と解決策をご紹介します。
ケース1:店舗併用住宅の収益は誰のもの?
状況:夫が経営していた1階店舗・2階住居のビル。夫が死亡し、妻は2階に住み続けたい。1階の店舗はテナントに貸しており、毎月20万円の家賃収入がある。建物は前妻の子が相続することになった。
問題点:配偶者短期居住権は「居住していた部分(2階)」にしか及びません。したがって、1階店舗部分の利用権限はなく、そこから生じる家賃収入を受け取る権利もありません。家賃収入はすべて建物の新所有者(前妻の子)のものとなります。
解決策:生活費として家賃収入が必要な場合、短期居住権では不十分です。遺産分割協議で「配偶者居住権(長期)」の設定を主張すべきです。長期居住権であれば、建物全体が対象となり、所有者の承諾を得て店舗を賃貸し、収益を得ることが可能になります。
ケース2:相続放棄しても住み続けられる?
状況:夫に多額の借金があり、妻は「相続放棄」を選択した。しかし、住む場所がないため自宅には居続けたい。債権者や破産管財人から退去を迫られている。
解説:相続放棄をしても、配偶者短期居住権は成立します。相続放棄者は「初めから相続人ではなかった」とされますが、この権利に関しては例外的に保護されます。
解決策:債権者や新たな所有者に対し、「配偶者短期居住権がある」旨を内容証明郵便で通知します。これにより、退去の申し入れから最低6ヶ月間の居住期間を確保できます。その間に公営住宅への入居手続きなどを進めるのが現実的です。
この「相続放棄+短期居住権」の組み合わせは、負債を回避しつつ当面の住居を確保する重要なセーフティネットとして機能します。
ケース3:費用負担を巡るトラブル
状況:継子(夫の前妻の子)が建物を取得。「法的に6ヶ月住めるのは認めるが、その間の水道光熱費や固定資産税、さらには過去の修繕費も払え」と過大な請求をしてきた。
費用負担のルール:
- 水道光熱費:配偶者が負担する必要があります(通常の使用に伴う必要費)
- 固定資産税:納税義務者は所有者ですが、短期居住権の関係では、通常の必要費として配偶者負担と整理されることがあります。
- 修繕費:電球交換や障子の張り替えなど通常の必要費は配偶者負担ですが、大規模修繕(雨漏り、壁の崩落等)については、配偶者が勝手に修繕して費用請求することは難しくなります
解決策:感情的な対立が背景にある場合、金銭面での細かな嫌がらせが続きます。司法書士などの第三者を介在させ、費用負担のルールを書面で明確化することが重要です。
期間が終わった後はどうする?
配偶者短期居住権の期間が満了した後も、すぐに住む場所が見つからないことがあります。その場合の選択肢をご紹介します。
使用貸借契約を結ぶ
建物の新しい所有者との間で、使用貸借契約または賃貸借契約を締結することで、引き続き居住を継続できます。
口約束での居住継続は、将来の「言った言わない」のトラブル(不法占拠扱い)につながります。必ず書面で契約を交わすことをお勧めします。
特に親族間では、無償または固定資産税実費程度での「使用貸借」が選択されることが多いですが、後々のトラブルを避けるため、以下の内容を明記しましょう。
- 居住期間(〇年間、または終身など)
- 費用負担(水道光熱費、修繕費、固定資産税など)
- 契約終了事由(建物売却時など)
配偶者居住権(長期)へ移行する
短期居住権の保護期間中に、遺産分割協議で配偶者居住権(長期)の設定を主張し、登記を行うことで、終身の居住権を確保できます。
配偶者居住権(長期)について詳しくは、「配偶者居住権とは?メリット・デメリットを司法書士がわかりやすく解説」をご覧ください。
この手続きは専門的な知識が必要となりますので、司法書士にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 配偶者短期居住権は登記できますか?
A. 登記はできません。これは配偶者短期居住権の大きな弱点です。
配偶者短期居住権は使用借権類似の法定債権という位置づけであり、登記や第三者対抗力が強くありません。そのため、建物を相続した人が第三者に建物を売却してしまった場合、その第三者に対して権利を主張することはできません(対抗力がない)。
長期的な保護を求める場合は、登記ができる「配偶者居住権(長期)」の設定を検討すべきです。
Q2. 配偶者短期居住権に相続税はかかりますか?
A. 相続税はかかりません。配偶者短期居住権は財産価値がゼロと評価されるため、相続税の課税対象にはなりません。これは、あくまで一時的な法的保護に過ぎないためです。
一方、配偶者居住権(長期)は、建物の利用価値を生涯にわたって独占する権利であるため、数百万〜数千万円規模の評価額が付き、相続税の課税対象となります(ただし配偶者控除の適用は可能です)。
Q3. 建物の一部(例:2階だけ)に住んでいた場合はどうなりますか?
A. 配偶者短期居住権は、「居住していた部分」のみに認められます。1階を店舗として貸している場合、1階部分に対する権利はなく、家賃収入を受け取ることもできません。
収益物件として活用したい場合は、「配偶者居住権(長期)」の設定を検討する必要があります。
Q4. 「6ヶ月」はいつから数えますか?
A. 相続開始日(被相続人が亡くなった日)から数えます。遺産分割協議が早く終わっても、最低6ヶ月間は保証されます。
Q5. 配偶者短期居住権を他人に譲ることはできますか?
A. できません。配偶者短期居住権は一身専属権であり、譲渡や相続の対象にはなりません。配偶者本人のみが行使できる権利です。
司法書士に相談するメリット
配偶者短期居住権自体は登記が不要ですが、相続に関連する以下のような専門的なサポートが必要になります。
登記簿の確認と現状分析
建物が「被相続人と第三者の共有」になっていないか、登記簿を確認して正確に判断します。共有関係を見落とすと、短期居住権が成立しないというトラブルに直面します。
遺産分割協議書の作成
短期居住権を前提としつつ、将来の紛争を防ぐための条項(退去時期の明記、費用負担のルール、精算金の調整など)を盛り込んだ協議書を作成します。
配偶者居住権(長期)への移行サポート
短期での保護期間中に、長期の配偶者居住権の設定登記を行い、終身の安心を確保する手続きをサポートします。
まとめ
配偶者短期居住権は、突然の相続で生活基盤を失うリスクから配偶者を守るための、重要なセーフティネットです。
この制度の特徴
- 自動的に発生し、無償で居住を保証
- 最低6ヶ月間は安心して住める
- 遺産分割が長引けば、その間ずっと住み続けられる
- 相続放棄をしても利用できる
ただし、あくまで「短期」の保護であることを忘れてはいけません。6ヶ月あるいは遺産分割までの間に、次のステップ(長期居住権の取得、建物の相続、あるいは転居)を決断する必要があります。
この「猶予期間」を最大限に活用し、安心して老後を過ごせる環境を整えることが大切です。専門家のサポートを受けながら、最適な選択をしていきましょう。
長期的な居住権を確保したい場合は、配偶者居住権(長期)の設定も検討してください。詳しくは司法書士にご相談ください。







