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認知症の相続人がいる場合の相続登記・名義変更|やってはいけない対応


《この記事の作成者兼監修者》

司法書士法人不動産名義変更手続センター
代表/司法書士 板垣 隼 (
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最終更新日:2026年5月29日

認知症の相続人がいる場合の相続登記・名義変更(要点まとめ)

● 意思能力なき署名は無効:認知症で判断能力がない方の署名・捺印は法律上「無効」(民法第3条の2)。家族による代筆は私文書偽造罪(刑法第159条)のリスク

● 「軽度・中度・重度」3段階の判定:軽度なら本人参加で手続可能。中度はグレーで専門家相談、重度は成年後見申立が必須

● 後見制度の3大デメリット:①法定相続分の確保強制 ②専門家報酬が月額2〜6万円で本人死亡まで継続 ③途中解任不可

● 遺言書が有力な事前対策:被相続人が生前に遺言書を作っていれば遺産分割協議そのものが不要

● 相続人申告登記で過料回避:相続登記義務化(令和6年4月施行)の10万円過料は申告登記(不動産登記法第76条の3)で暫定回避可能

● 不動産の売却・名義移転は後見必須:暫定回避は可能でも、不動産の処分や正式な相続登記は最終的に後見人が必要

● 司法書士の早期相談が最重要:自己判断での代筆・無理書きは取り返しがつかない。手遅れになる前に専門家へ

「父が亡くなり遺産分けの話が出たが、母が認知症で意思疎通ができない」「親が認知症で、家の名義変更が止まってしまった」——相続の現場では、こうしたご相談が年々増えています。本記事では、認知症の相続人がいる場合の相続登記・名義変更が止まる理由絶対にやってはいけない違法行為意思能力の判定基準成年後見制度の現実コスト、そして遺言書・相続人申告登記による回避策まで、司法書士が実務目線で徹底解説します。

この記事の目次
  1. 認知症の相続人がいると相続登記・名義変更が止まる理由【意思能力とは】
  2. 絶対NG!認知症の相続人を巡る「3つの違法行為」【私文書偽造罪のリスク】
  3. 「意思能力」の判定基準【軽度・中度・重度の見分け方】
  4. 唯一の正攻法「成年後見制度」の現実コストと注意点
  5. 成年後見制度を使わない解決策【3つの選択肢】
  6. 相続人申告登記とは【認知症の相続人がいる場合の暫定救済】
  7. ケース別の正解【「親が認知症で家を相続」など3パターン】
  8. 後見人選任後の相続手続きの流れ
  9. よくあるご質問(FAQ)
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1. 認知症の相続人がいると相続登記・名義変更が止まる理由【意思能力とは】

「亡くなった父の不動産の名義を変えたい」と相続人が法務局・銀行に出向いたところ、相続人の一人(多くの場合は配偶者である母)が認知症で手続きが止まる——これは相続現場で最も多いトラブルのひとつです。なぜ手続きが止まるのか、その法的な理由を整理します。

1-1. 遺産分割協議は「契約」で意思能力が不可欠

遺産分けの話し合い(遺産分割協議)は、法律上の「契約」に近い性質を持ちます。この協議が有効に成立するためには、相続人全員に「意思能力(自分の行為の結果を理解し、判断する能力)」が備わっていることが大前提です。

  • 相続人全員の合意が必要:一人でも欠けていれば、その協議は無効です。
  • 意思能力がない署名は無効:認知症などで判断能力がない方が行った署名・捺印は、民法第3条の2の規定により法律上「無効」とみなされます。
  • 後から取消ではなく「初めから無効」:意思無能力者の法律行為は「取消し」ではなく「無効」です。つまり最初から効力が発生していない状態として扱われます。

1-2. 銀行・法務局が手続きを止める実務上の理由

司法書士には厳格な本人確認・意思確認義務があり、依頼者面談で「何に署名しているか」を理解していないと判断すれば、職責上、登記申請を受任することはできません。同様に、金融機関の窓口でも本人の意思確認ができないと払戻し手続きが止まります。登記申請の前段階である「司法書士の受任段階」「銀行窓口での対面確認」で実質的に手続きがストップするのが現在の実務です。

これは「冷たい対応」ではなく、後日「あの協議は無効だ」と他の相続人や被後見人本人(あるいはその代理人)から訴えられた場合に、銀行や司法書士が共同不法行為として責任を負うリスクを避けるためです。

1-3. 被相続人(亡くなった方)が認知症だった場合との違い

本記事のテーマは「相続人の中に認知症の方がいる」ケースですが、混同しやすいケースとして「亡くなった被相続人が生前に認知症だった」場合があります。違いを整理します。

ケース
論点
対応
相続人が認知症(本記事)
遺産分割協議が成立しない
成年後見制度/遺言書/申告登記
被相続人が認知症だった
生前に書いた遺言書の有効性が争点
遺言能力(民法第963条)の確認

被相続人が認知症のうちに作成した遺言書は、遺言能力(民法第963条)を欠いていれば無効になります。家族から「父は認知症だったから、その遺言は無効では?」と争われるケースが少なくありません。遺言書の作成と効力もあわせてご確認ください。

2. 絶対NG!認知症の相続人を巡る「3つの違法行為」【私文書偽造罪のリスク】

手続きを急ぐあまり、次のような行動をとってしまう方がいます。いずれも絶対に避けてください。発覚すれば犯罪に問われるだけでなく、遺産分割協議全体が無効になり、すべてやり直しになります。

【絶対禁止】3つの違法行為

①家族が勝手に代筆・捺印する / ②無理やり書かせる / ③意思能力があるフリで手続きを進める

2-1. NG① 家族が勝手に代筆・捺印する

「母は昔から長男に任せると言っていたから」「父の介護で苦労した自分が決めて何が悪い」——こうした思いで、家族が認知症の相続人に代わって実印を押して署名すること。これは「私文書偽造罪」(刑法第159条・3月以上5年以下の拘禁刑)に該当する可能性があります(2025年6月1日施行の刑法改正により懲役・禁錮は拘禁刑に一本化)。さらに、偽造した遺産分割協議書を法務局や金融機関に提出すれば「偽造私文書行使罪」の問題にもなります。

仮に刑事罰を免れたとしても、後日、他の相続人から無効を主張された場合、協議の有効性を維持することはかなり難しくなります。すでに登記まで済ませていると、抹消・更正・再登記などの是正手続が必要になり、費用も時間も大きく膨らみます。さらに「不当利得返還請求」をセットで提訴されれば、賠償金や遅延損害金で家計が破綻するケースもあり、一度失った親族の信頼は二度と戻りません。

2-2. NG② 無理やり本人に書かせる

内容を理解していない本人に、ペンを握らせて手を添えて名前を書かせる——これも代筆と同じく無効です。意思能力がない状態での署名は、形式的に本人が書いたように見えても、法的な効力を持ちません。

本人が亡くなった後の二次相続のタイミングで、相続人の家族(子・孫世代)が「祖母は当時、施設で寝たきりで自分の名前すら書けなかったはず。あの協議書はおかしい」と疑問を持つことで発覚するケースもあります。

2-3. NG③ 意思能力があるフリで手続きを進める

「症状は軽いから大丈夫」と勝手に判断して、本人に内容を理解してもらわないまま署名させるケースも危険です。表面上は本人の意思で署名したように見えても、後で診断書や介護記録から重度の認知症であったことが立証されれば、協議は無効と判断されます。

注意:一見うまくいったように見えても、数年後の税務調査・他の相続人との争い・本人が亡くなった後の二次相続の際に問題が発覚し、すべてやり直しになるケースが現実に起きています。

3. 「意思能力」の判定基準【軽度・中度・重度の見分け方】

大切なことは、「認知症の診断=遺産分割ができない」というわけではないという点です。重要なのは、「遺産分割の内容を理解できる判断能力があるか」であり、症状の程度によって対応の可否が変わります。

3-1. 意思能力の判定3段階(症状別の対応可否)

レベル
状態の目安
対応の可能性
軽度
物忘れはあるが、説明すれば「誰が亡くなり、自分が何を相続するか」を理解できる
医師の診断書を取得した上で、本人が遺産分割協議に参加できる可能性あり
中度
難しい話は理解できないが、日常会話は成立する
判断が難しいグレーゾーン。司法書士・医師への相談が必須
重度
自分の名前が書けない、家族の顔がわからない、意思疎通が困難
手続きへの参加は不可能。成年後見人の選任が必要

3-2. 長谷川式認知症スケール(HDS-R)・MMSEの目安

認知症の程度を測る臨床的な指標として、次の2つの検査が広く使われています。

  • 長谷川式認知症スケール(HDS-R):30点満点で20点以下が認知症の疑いとされる。15〜20点前後が実務上の大きな分岐点だが、点数そのものより「遺産分割の内容(誰が亡くなり、誰が何を継ぐか)」を理解できる一貫性が重視される。
  • MMSE(ミニメンタルステート検査):30点満点で23点以下が認知症の疑い。10点以下は重度認知症の目安。

ただし、これらの数値は「補助的な参考値」であり、点数だけで遺産分割の可否が機械的に決まるわけではありません。最終的には主治医の診断書、認知症の進行スピード、本人と司法書士・銀行担当者との対面でのやり取りの様子などを総合的に判断します。なお、認知症には日内変動(午前中は明晰でも夕方に混濁するなど)があるため、面談時刻や本人の体調にも配慮が必要です。

3-3. 主治医の診断書を取得するタイミング

「うちの母はまだ軽度のはず」と思っていても、相続が発生した時点で診断書を取得しておくと、後のトラブル予防になります。診断書には次の項目が記載されると有用です。

  • 診断名(アルツハイマー型認知症/血管性認知症等)
  • 認知機能検査の結果(HDS-R/MMSEの点数)
  • 意思能力に関する医師の所見
  • 診断日(協議書作成日との近接性が重要)

3-4. グレーゾーンは司法書士が同席し意思確認するケース

中度認知症のグレーゾーンでは、司法書士が本人と直接面談し、ゆっくりと簡単な言葉で説明しながら本人の意思を確認するケースもあります。本人が「相続のことは長男に任せたい」「自分の取り分は要らない」と一貫した意思を示せれば、その意思を反映した遺産分割協議書を作成できることがあります。

ただしこの場合でも、医師の診断書・面談記録・本人の様子を客観的に残す資料を準備した上で進める必要があります。自己判断は危険ですので、必ず司法書士へご相談ください。

「うちの母は意思能力がある?ない?」迷ったら、まず無料相談で状況をお聞かせください。司法書士が状況に応じた最適な進め方をご案内します。

4. 唯一の正攻法「成年後見制度」の現実コストと注意点

重度の認知症で意思能力がない場合、法的に有効な遺産分割を行う方法は「成年後見制度」の利用が原則です。ただし、家族にとって予想外のハードルが多いため、申立前に必ず以下の3つのデメリットを理解しておく必要があります。

4-1. 成年後見制度の仕組みと申立フロー

本人の判断能力が不十分な場合に、家庭裁判所が選任した「成年後見人」が本人に代わって財産管理・契約行為を行う制度です。判断能力の程度に応じて、後見・保佐・補助の3類型があります。

  • 後見:判断能力を「欠く常況」にある人(重度)→ 成年後見人が広範な代理権を持つ(民法第859条)
  • 保佐:判断能力が「著しく不十分」な人(中度)→ 保佐人が同意権・取消権を持つ(民法第13条)
  • 補助:判断能力が「不十分」な人(軽度)→ 補助人が一定の同意権を持つ(民法第17条)

申立は本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、申立書・診断書・本人情報シート・戸籍・住民票・財産目録などを提出して行います。申立から審判(後見人選任)まではおおむね1〜2か月程度が目安(裁判所案内)。親族照会・鑑定・資料不足・親族間対立があるケースではさらに数か月かかることがあります。

4-2. デメリット① 法定相続分の確保が必須になる

成年後見人の最大の役割は「本人の財産を守ること」です。そのため、本人にとって不利な遺産分割には原則として同意できません。

よくある誤算

「お母さんは施設に入っていてお金を使わないから、遺産は全部長男が相続することにしたい」と家族で話し合っていても、後見人が選任された後は本人の利益を守る立場から、少なくとも法定相続分(例:配偶者なら遺産の1/2)を基準に分割案を検討するため、希望どおりの分け方は難しくなります。

「節税のためにお父さんに集中させたい」「現金は長男・不動産は次男」といった合意も、被後見人本人の取り分が法定相続分を下回るとほぼ通りません。

4-3. デメリット② 専門家報酬が「一生」続く(月額2〜6万円)

親族が後見人になれるとは限りません。資産額や親族関係(相続人間の対立がある場合など)によっては、家庭裁判所が司法書士・弁護士などの専門職を後見人に選任します。

この場合、後見人への報酬は本人の資産額に応じて月額2〜6万円程度(管理財産が高額・複雑なケースでは月額10万円を超えることもあり)、本人が亡くなるまで本人の財産から支払い続けることになります。10年続けば数百万円の出費です。

管理財産
月額報酬の目安
1,000万円以下
月額 約2万円
1,000万〜5,000万円
月額 約3〜4万円
5,000万円超
月額 約5〜6万円

※家庭裁判所の判断により増減します。後見監督人がつく場合は別途その報酬も発生します。

4-4. デメリット③ 家族の都合だけでは途中でやめられない

「遺産分割が終わったから、もう後見人は不要」と家族の都合だけで終了することはできません。後見制度は、本人の判断能力が回復して家庭裁判所が後見開始の審判を取り消すか、本人が亡くなるまで継続します。後見人の交代も、不正行為や辞任など正当事由があるときに家庭裁判所が判断するもので、家族の希望だけで変えることはできません。

4-5. 申立費用・申立期間(3〜6か月)

  • 申立手数料:収入印紙 800円
  • 登記手数料:収入印紙 2,600円
  • 連絡用郵便切手:3,000〜5,000円程度
  • 医師の診断書作成費用:5,000〜1万円程度
  • 鑑定費用(家裁が必要と判断した場合のみ):令和7年統計で5万円以下が約43.7%、10万円以下が約85.8%(最高裁資料)
  • 司法書士・弁護士に申立てを依頼する場合の報酬:10〜25万円程度

申立から後見人選任まで通常3〜6か月。鑑定を要するケースでは半年以上かかることもあります。「相続税申告の10か月期限に間に合うか」を意識して、早めの動き出しが必要です。

5. 成年後見制度を使わない解決策【3つの選択肢】

成年後見制度の3大デメリットを聞いて「使いたくない」と感じた方も多いでしょう。実は、ケースによっては成年後見制度を使わずに済む方法があります。

5-1. 解決策① 遺言書があれば遺産分割協議が不要

もし、亡くなった方が生前に有効な遺言書を残していれば、遺産分割協議そのものが不要になります。遺言書の内容にしたがって、遺言執行者または相続人が手続きを進めることができます。

  • 公正証書遺言:公証人の関与で作成。原本は公証役場で保管。検認不要で最も確実。
  • 自筆証書遺言+法務局保管制度:法務局の自筆証書遺言書保管制度を使えば、検認不要。
  • 自筆証書遺言(自宅保管):家庭裁判所の検認が必要。紛失・偽造・隠匿のリスクあり。

つまり、ご両親が元気なうちに公正証書遺言を作成しておくことは、認知症により遺産分割協議ができなくなるリスクを避ける有力な事前対策です。詳しくは遺言書の書き方と公正証書遺言の作成をご確認ください。

5-2. 解決策② 相続人申告登記による「義務化過料」の暫定回避

2024年(令和6年)4月から相続登記が義務化され、不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に登記申請をしないと10万円以下の過料の対象になります(遺産分割で不動産を取得した場合は、遺産分割成立の日から3年以内に登記が必要)。ただし、認知症の相続人がいて遺産分割協議がまとまらない場合のために、「相続人申告登記」という暫定救済制度が用意されています。

  • 根拠条文:不動産登記法第76条の3
  • 趣旨:相続人が「自分が相続人である」ことを法務局に申し出るだけで、相続登記義務を一旦履行したものとみなす制度
  • 必要書類:申告人の戸籍謄本・住民票・被相続人の戸籍(一部)など、通常の相続登記より大幅に簡素化
  • 登録免許税:非課税

ポイント:相続人申告登記はあくまで暫定救済で、不動産の売却・贈与・抵当権設定などはできません。後見人選任や遺産分割協議がまとまった段階で、本来の相続登記を別途行う必要があります。

過料を避けるための応急処置としては有効です。詳しくは相続登記義務化と過料の解説もご覧ください。

5-3. 解決策③ 家族信託・任意後見との比較(生前対策)

ご両親が元気なうちであれば、認知症発症前にできる事前対策として「家族信託」「任意後見契約」という選択肢もあります。

制度
特徴
適するケース
家族信託
本人(委託者)の財産を、家族(受託者)が信託契約に基づいて管理する仕組み。契約設計によって不動産の売却・賃貸などを受託者が行える場合がある
将来の財産管理・承継について柔軟な設計をしたい場合
任意後見契約
将来の判断能力低下に備え、本人が元気なうちに後見人候補を契約で決めておく制度。発効時には家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、監督人の関与と報酬が発生する
将来の後見人候補を本人自身が決めておきたい場合
遺言書
死亡時の財産承継を事前に決めておく
「妻が認知症になる前提で誰に何を相続させるか」を確実に決めたい場合

業務範囲のご案内:家族信託の組成や任意後見契約の設計は、当センターでは取り扱っておりません。これらは弁護士・税理士など専門の組成支援を行う事務所にご相談ください。当センターは相続登記・贈与登記・財産分与登記・売買登記を中心に対応しております。

6. 相続人申告登記とは【認知症の相続人がいる場合の暫定救済】

相続人申告登記は、相続登記義務化(令和6年4月1日施行)と同時に新設された制度で、認知症の相続人がいる場合の暫定救済として非常に有用です。仕組みと注意点を詳しく解説します。

6-1. 相続人申告登記の概要と要件(不動産登記法第76条の3)

相続人申告登記とは、相続人の一人が「自分が相続人である」旨を法務局に申し出ることで、相続登記の申請義務を履行したものとみなされる制度です。

  • 申出ができる人:相続人のうち一人からでも可能。複数の相続人がそれぞれ申出をすることもできる(相続人申告登記は所有権移転登記ではなく、申出人の氏名・住所等が所有権の登記に付記される制度)
  • 添付書類:申出人の戸籍謄本・住民票・被相続人と申出人の続柄がわかる戸籍など
  • 登録免許税:非課税
  • 効果:申出をした相続人については相続登記の申請義務を履行したものと扱われる。他の相続人は各自で申告登記または相続登記が必要

6-2. 申告登記の限界(不動産の売却・名義移転は不可)

相続人申告登記はあくまで「申し出」であり、所有権の移転登記ではありません。次のような点に注意してください。

  • 申告登記をしても、不動産の売却・贈与・抵当権設定はできません(買主・金融機関側で名義人と契約相手が一致しない)
  • 申告登記をした人「本人」の義務しか履行されません。他の相続人は各自で申告登記または相続登記が必要です
  • 申告登記の記録は登記事項証明書の「権利部(甲区)」に「相続人」として記載されます

6-3. 申告登記後にやるべきこと

認知症の相続人がいるため遺産分割協議がまとまらず、申告登記で一旦過料を回避した場合でも、最終的には次のいずれかが必要です。

  • 認知症の相続人について成年後見人を選任し、後見人を加えた遺産分割協議を行う
  • 本人の意思能力が回復した場合は、本人参加で遺産分割協議を行う
  • 本人が亡くなった場合は、本人の相続人(数次相続)を含めて遺産分割協議を行う

いずれの場合も、本来の相続登記(所有権移転登記)を改めて申請する必要があります。

7. ケース別の正解【「親が認知症で家を相続」など3パターン】

典型的な3つのケースについて、現場の司法書士が勧める進め方をご紹介します。

7-1. ケース① 母が認知症・父の遺産(不動産・預貯金)を分割したい

状況

父が亡くなり、相続人は妻(母・認知症)と子2人。父の遺産には自宅不動産(評価額3,000万円)と預貯金1,500万円がある。

進め方

  1. 母の主治医に診断書を依頼。HDS-R/MMSEの結果と意思能力に関する所見を確認
  2. 遺言書の有無を確認(父が公正証書遺言を残していないか公証役場で検索)
  3. 遺言書がなく、母が中度〜重度認知症の場合 → 成年後見人選任の申立て
  4. 3年の相続登記義務期限が迫る場合 → 子から相続人申告登記をして暫定回避
  5. 後見人選任後、母の取得分が法定相続分(1/2)を下回らないかを基準に、預貯金・不動産評価・特別受益・寄与分・債務などを踏まえた具体的な分割案を作成して協議

7-2. ケース② 自分が認知症の親と同居・実家の名義変更

状況

親が認知症で施設に入っている。同居していた長男(自分)が、親の自宅不動産を生前贈与または相続で名義変更したい。

進め方

  • 生前贈与は原則できない:認知症で意思能力がない親からの贈与契約は無効。親本人が贈与契約書に署名・捺印できる意思能力が必要。
  • 親の意思能力が軽度のうちに、公正証書遺言で「自宅は長男に相続させる」と明記しておくのが安全
  • すでに意思能力が失われている場合は、親が亡くなった後の相続登記時に他の相続人と協議。家族信託・任意後見はもう間に合わない

7-3. ケース③ 兄弟の一人が認知症で施設にいて連絡が取れない

状況

親が亡くなり、相続人は兄弟3人。次男が認知症で施設に入っており、施設からの返信や本人面会が困難。

進め方

  • まず施設に連絡し、医療・介護担当者から次男の意思能力の現状を聴取
  • 家族として後見申立人になれる者(配偶者・子・兄弟など)を確認
  • 司法書士・弁護士等を後見人候補者として記載する申立てを検討(最終的に誰を後見人に選任するかは家庭裁判所が判断します)
  • 申立費用は次男の財産(あれば)からまかなえる場合もある
  • 並行して、3年期限前に相続人申告登記を実施し過料リスクを回避

8. 後見人選任後の相続手続きの流れ

家庭裁判所で成年後見人が選任された後、認知症の相続人を含む遺産分割協議をどう進めるか、流れを整理します。

  1. 後見人就任後の財産調査:後見人は就任後、速やかに本人の財産(預貯金・不動産・保険等)の調査に着手し、原則1か月以内に財産目録を作成します(民法第853条)。財産が複雑な場合は家庭裁判所に期間伸長を求めることがあります
  2. 本人の法定相続分の試算:本人にとって最低限確保すべき取り分(法定相続分または特別受益等を考慮した実質的相続分)を算定
  3. 他の相続人との分割協議:後見人が本人代理として遺産分割協議に参加。本人にとって法定相続分以上が確保される内容で合意形成
  4. 遺産分割協議書の作成・押印:後見人が本人欄に署名・捺印(後見人の登記事項証明書を添付)
  5. 相続登記・預貯金解約等の手続き:通常の相続登記と同様に法務局・銀行で名義変更

後見人選任後の遺産分割協議の詳細・特別代理人の要否・利益相反のケース・必要書類については、成年後見人・保佐人がいる相続の遺産分割協議をご確認ください。

8-1. 後見人と相続人が同じ人の場合(利益相反)

例えば、母(認知症)の後見人を長男が務めており、父の相続で母と長男が共同相続人になる場合、長男は「自分の利益」と「母の利益」が対立する立場(利益相反)になります。この場合、長男は母の代理人として遺産分割協議に参加することができないため、家庭裁判所に「特別代理人」の選任を申し立てる必要があります(民法第826条準用)。

ただし、母に成年後見監督人が選任されている場合は、監督人が母を代理するため、特別代理人は不要です(民法第860条但書)。

9. よくあるご質問(FAQ)

軽度の認知症ならば遺産分割協議に参加できますか?
軽度であっても、本人が「誰が亡くなり、自分が何を相続するか」を理解できる意思能力を持っていれば参加可能です。事前に主治医の診断書(HDS-R/MMSEの結果・意思能力の所見付き)を取得しておき、可能であれば司法書士同席の上で本人と面談を行い、本人の意思を客観的に記録に残しておくと、後日のトラブル予防になります。
認知症の母が施設にいて意思疎通が困難。代筆して大丈夫ですか?
絶対にだめです。家族による代筆は私文書偽造罪(刑法第159条)に問われる可能性があり、遺産分割協議そのものが無効になります。重度の場合は成年後見人の選任が原則ですが、過料回避の応急処置として相続人申告登記(不動産登記法第76条の3)を併用するケースもあります。
成年後見人の月額報酬の相場は?
本人の管理財産額に応じて家庭裁判所が決定します。1,000万円以下なら月額約2万円、1,000万〜5,000万円なら月額約3〜4万円、5,000万円超なら月額約5〜6万円が目安です。後見監督人が別途選任される場合は、監督人の報酬(月額1〜2万円程度)も加わります。
後見人を選任すると、本当に途中で解任できないのですか?
家族側の都合(「遺産分割が終わったから不要」など)では解任できません。後見人が不正行為をした、職務怠慢が著しい、健康上の理由で職務継続不可能などの正当事由があれば、家庭裁判所が解任することはあります。原則として後見開始は本人が亡くなるまで継続します。
認知症の相続人がいる場合でも10万円過料は払うことになる?
相続人申告登記(不動産登記法第76条の3)を3年以内に行えば、過料の対象から外れます。ただし、これは「相続登記をしたことにする」暫定救済であり、不動産の売却・贈与は依然としてできません。後見人選任後または認知症の方が亡くなった後に、改めて本来の相続登記を行う必要があります。
遺言書がある場合は、認知症の相続人がいても遺産分割協議を省略できますか?
有効な遺言書があり、遺言で対象不動産の承継先が明確に定められていれば、その不動産については遺産分割協議をせずに相続登記を進められることがあります。預貯金については、遺言執行者の有無や金融機関の取扱いの確認も必要です。なお、認知症の相続人にも遺留分(民法第1042条)があるため、その方の遺留分を侵害する内容の場合は別途遺留分侵害額請求の問題が生じます。
長谷川式認知症スケール何点以下なら手続き不可ですか?
明確な「○点以下なら不可」という法律上の基準はありません。HDS-Rで20点以下が認知症の疑い、15点以下になると遺産分割協議への参加は実務上困難なケースが増えます。ただし、点数だけで機械的に判断するのではなく、主治医の診断書・意思能力に関する所見・本人との面談時の様子を総合的に判断します。
司法書士に依頼すれば、後見申立から相続登記まで一括対応してもらえますか?
司法書士は、成年後見開始申立てに必要な家庭裁判所提出書類の作成と、その作成に関する相談を行うことができます。後見人選任後は、相続登記の申請代理まで一貫して対応できます。当センターでも、お問い合わせ時に状況をお聞きして、申立書類作成から相続登記までの段取りをご案内します。なお、紛争性が高く家庭裁判所での争訟が見込まれるケースは弁護士の業務範囲です。その場合は、別途、弁護士へご相談ください。
認知症の親が亡くなって、配偶者(母)も認知症の場合は?
この場合は母について成年後見人の選任が必要になります。父の遺産分割協議では、後見人が母を代理して参加します。母の法定相続分(配偶者なので1/2)の確保が原則となります。子の中に後見申立人として動ける方がいれば、子から母の後見人選任を申し立てる形になります。
家族信託・任意後見と成年後見制度の違いは?
成年後見制度は「認知症が進行した後」に家庭裁判所の関与で開始する制度です。一方、家族信託・任意後見契約は「元気なうちに」本人と家族(または信頼できる第三者)の間で契約を結ぶ生前対策です。家族信託・任意後見は不動産売却や柔軟な財産活用が可能というメリットがありますが、認知症発症後では契約自体が無効になるため間に合いません。家族信託・任意後見契約の組成は、専門の弁護士・税理士事務所にご相談ください。

まとめ:焦らず、手遅れになる前に専門家へ

相続人の一人が認知症の場合、安易な自己判断や代筆は、将来に大きな禍根を残します。本記事の要点を振り返ります。

  • 勝手な代筆・捺印は絶対NG(無効・私文書偽造罪のリスク)
  • 軽度・中度・重度で対応は異なる。診断書と司法書士同席で意思確認できれば、本人参加できる可能性も
  • 重度なら成年後見制度の利用が原則。ただし法定相続分の確保/月額報酬/途中解任不可の3大デメリットあり
  • 公正証書遺言が有力な事前対策。元気なうちに作成しておくことで認知症リスクを大きく下げられる
  • 3年の相続登記期限が迫る場合は相続人申告登記で過料を暫定回避
  • 状況によってとるべき戦略が異なるため、手遅れになる前に専門家へご相談を

当センターでは、認知症の相続人がいるご相続について、状況をお伺いした上で「後見申立てが必要か」「申告登記で一旦回避できるか」「遺言書が役立つケースか」を整理し、相続登記までの段取りをご案内します。ご不安があれば、まずは無料相談にてお気軽にお問い合わせください。

当センターへご依頼の場合の料金プラン(相続登記サポート)
ライトプラン
66,000円
スタンダードプラン
99,000円
フルサポートプラン
297,000円

※上記は相続登記サポートの料金です。成年後見申立書類作成、鑑定費用、後見人・後見監督人報酬、登録免許税、戸籍等の実費は別途確認が必要です。

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この記事の作成者兼監修者
板垣 隼(いたがき はやと)
司法書士 / 行政書士 / 1級FP技能士
司法書士法人 不動産名義変更手続センター 代表
司法書士事務所開業から17年。「難しいことを、やさしく、早く、正確に」をモットーに、相続登記や不動産名義変更の手続きをサポート。KINZAI Financial Plan・manegyへの寄稿実績あり。

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