相続した不動産は「売る」「貸す」どちらも正解になり得ます。
ただし、税の特例の期限や共有(相続人が複数)、修繕コスト、空き家リスクによって、得になる選択は大きく変わります。
このページでは、判断に必要な比較ポイント・収支シミュレーション・フローチャートをまとめています。
まず最初に確認する3つのポイント
売却か賃貸かを検討する前に、以下の3点を確認しておくと方向性が固まりやすくなります。
1)名義・共有関係(遺産分割は済んでいる?)
相続人が複数いる場合、売却も賃貸も「誰が最終的に持つのか」「収益をどう分けるか」で揉めやすくなります。
特に賃貸は、契約期間や更新の有無で「必要な同意のハードル」が上がることがあります。実務上、共有のまま賃貸に出すと、後から方針変更が難しくなるケースも少なくありません。
2)不動産の状態(住める?貸せる?売れる?)
- 立地が良く需要がある → 賃貸の選択肢が現実的
- 築古・劣化・残置物・遠方 → 売却(または早期に処分)の方が損失拡大を止めやすい
3)税の特例の「期限」
相続不動産には、売却に強い特例が"期限付き"で用意されていることが多くあります。代表例として次の2つがあります。
▶ 空き家の3,000万円特別控除(一定要件)
適用期間(売却できる時期)や要件が細かく定められており、さらに令和6年(2024年)1月1日以後の譲渡で
相続人が3人以上の場合は、1人あたりの控除上限が2,000万円に引き下げられます。
▶ 取得費加算の特例
相続税が課税されていること等が前提で、
相続税申告期限の翌日から3年以内に売却する必要があります。
売却のメリット・デメリット
売却のメリット
- 現金化が早い:相続人間の清算・分配のしやすさは圧倒的です。
- 管理負担がゼロになる:遠方にある物件や空き家の劣化、近隣対応などから完全に解放されます。
- 空き家リスクの回避:空き家を放置し、特定空家等や管理不全空家等として市区町村長から勧告を受けると、住宅用地特例が外れて固定資産税の負担が重くなる方向の運用があり得ます。
- 売却向け特例が使える可能性:空き家3,000万円控除など(要件にご注意ください)。
売却のデメリット
- 売却までに手間がかかる:片付け、測量、境界確認、修繕の要否判断、媒介契約など。
- 譲渡所得税の可能性:利益が出れば課税されます。原則、売却した年の1月1日時点の所有期間で税率が変わります(長期:約20.315%、短期:約39.63%)。
- 市場次第:エリアによっては売れにくい、値下げが必要になることもあります。
譲渡所得税率の目安
短期譲渡(売却した年の1月1日時点で所有期間5年以下):所得税30.63%+住民税9%(合計 約39.63%)
長期譲渡(売却した年の1月1日時点で所有期間5年超):所得税15.315%+住民税5%(合計 約20.315%)
※ 上記税率には復興特別所得税(所得税額×2.1%、2037年まで)を含みます。
※ 相続の場合、被相続人の取得時期を引き継ぎます。暦上5年を超えていても、売却年の1月1日時点で判定されるため、売却時期にはご注意ください。
賃貸のメリット・デメリット
賃貸のメリット
- 家賃収入が入る:老後資金や相続人間の分配原資になります。
- 売り急がない選択肢が持てる:相場が弱い時期に無理に売らずに済みます。
- 必要経費を計上できる:固定資産税、保険料、減価償却費、修繕費など(不動産所得の計算上)。
賃貸のデメリット
- 管理が続く:入居者対応、滞納、修繕、更新、退去立会いなど。
- 空室・家賃下落リスクがある。
- 大きな修繕が一括で来る:屋根・外壁・給排水など。
- 売りたい時にすぐ売れない:入居者がいると「オーナーチェンジ」扱いとなり、買主が限定されがちです。
▶ 特例を失う可能性に注意
空き家3,000万円控除は、相続から譲渡までの間に「事業・貸付け・居住」に供していないことが
適用要件に含まれます。
一度でも賃貸に出すと、将来「売却向け特例」を使えなくなるため、賃貸を始める前に必ず要件を確認してください。
売却 vs 賃貸:メリット・デメリット比較表
| 比較ポイント | 売却が有利になりやすい | 賃貸が有利になりやすい |
| 目的 | 早期に現金化・分配したい | 長期の収入源がほしい |
| 管理負担 | なし(手放す) | 継続(管理会社に委託してもゼロにはならない) |
| リスク | 市況・売却価格のブレ | 空室・滞納・修繕・クレーム・退去 |
| 税の読みやすさ | 譲渡所得の計算が中心(特例検討) | 毎年の確定申告(不動産所得) |
| 特例との相性 | 空き家3,000万控除・取得費加算など売却系特例が狙える | 賃貸に出すと売却系特例の適用要件を満たせなくなることがある |
| 固定資産税の論点 | 解体して更地にすると住宅用地特例が外れる可能性(税負担↑) | 住宅として維持できれば住宅用地特例の土台は残る (ただし特定空家等・管理不全空家等として勧告を受けた場合は除外の方向) |
| 共有(相続人複数) | 全員の合意が得られれば、売却して現金分割が最も揉めにくい | 収益配分・修繕負担・契約方針で揉めやすい |
| 向いている典型 | 遠方、築古、需要弱い、相続人多数、空き家放置が心配 | 立地良、賃貸需要強い、状態良、管理体制あり |
収支シミュレーション(簡易版)
「賃貸が得か?」は、結局「売った場合の手取り」と「賃貸の手取り利回り」の比較で考えるのが最もブレの少ない方法です。
年間手取りの計算式
年間家賃収入(実収)= 月額家賃 × 12 ×(1 − 空室率)
年間運営費 = 管理費 + 固定資産税 + 保険 + 修繕 + その他
年間キャッシュ(税引前)= 実収 − 運営費
※ 税引後のイメージ:不動産所得は「総収入 − 必要経費」で計算(必要経費の典型は固定資産税・保険・減価償却・修繕費等)
計算例:月12万円で貸せる戸建てのケース
前提条件
家賃:12万円/月 | 空室率:5%
管理委託:実収の5%
固定資産税等:15万円/年 | 保険:2万円/年
修繕・雑費:11万円/年(軽微な修繕を均した想定)
※ 税率は人により大きく変わるため概算です。実務では個別試算を推奨します。
年間実収:約136.8万円
年間運営費:約34.8万円
年間キャッシュ(税引前):約102.0万円
税引後キャッシュ(概算):約89.6万円
賃貸利回り(税引後)との比較
売却の手残り・税引前(例):3,000万円 − 諸費用120万円 = 2,880万円
※ 上記は譲渡所得税を差し引く前の金額です。特例適用の可否により手残りは変わります。
税引後キャッシュ 89.6万円 ÷ 2,880万円 ≒ 約3.1%/年
→ この利回りが「自分にとって十分か?」で判断します。
利回り3%が魅力的な方もいれば、管理負担を考えると売却が良いという方もいます。
▶ 悪化ケースも必ず確認しましょう
例えば、家賃9万円・空室率15%・修繕25万円/年に悪化すると、税引後手取りが
年約40万円程度まで落ちることもあります。
「貸せば儲かる」とは限らず、
修繕費と空室率が収支の決め手になります。
判断基準フローチャート
次の順番で検討していくと、売却・賃貸の判断がしやすくなります。
判断の手順
- 共有者の合意が取れるか?(取れない → まず遺産分割協議・調停を先行し、共有関係を整理)
- 税の特例期限が迫っていないか?(売却系特例を狙うなら"先に売却"が有利なことが多い)
- 賃貸需要が強い立地・状態か?(弱い → 賃貸は空室リスクが重い)
- 修繕費(初期+中長期)を受け入れられるか?
- あなた(ご家族)で管理できるか?(できない → 管理会社コスト込みで再試算)
- 賃貸利回り(税引後)が納得できる水準か?(納得 → 賃貸、納得できない → 売却)
フローチャート図
まとめ ― 迷ったら「期限のある特例」と「管理コスト」で決める
売却が向く方
- 共有で揉めそう/早く分けたい
- 遠方・築古・修繕が重い
- 空き家放置リスクが高い(管理不全・税負担増など)
- 空き家3,000万円控除や取得費加算など、売却向け特例を狙える可能性がある
賃貸が向く方
- 立地が良く賃貸需要が強い
- 修繕余力がある/管理体制がある
- 税引後利回りが納得できる水準
- 毎年の不動産所得申告(収入 − 必要経費)を継続できる
判断に迷われた場合は、税の特例の期限を基準に、まず「売却の選択肢を閉じないかどうか」を確認するのが実務上の定石です。特例の要件確認や収支の試算は、相続に詳しい司法書士・税理士にご相談いただくことをおすすめします。