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遺言執行者と相続登記
(特定財産承継遺言と遺言執行者の権限)


《この記事の作成者兼監修者》

司法書士法人不動産名義変更手続センター
代表/司法書士 板垣 隼 (
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最終更新日:2026年2月10日
 

特定財産承継遺言とは

特定財産承継遺言とは、2019年(令和元年)7月1日に施行された改正民法で新たに規定された用語です。具体的には、遺産の分割の方法の指定として、遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人または数人に承継させる旨の遺言のことをいいます(民法1014条2項)。

たとえば、「土地Aを、長男甲に相続させる。」というように、特定の財産を特定の相続人に取得させる内容がこれにあたります。従来は「相続させる旨の遺言」と呼ばれてきたものが、改正法により正式に定義されたものです。

遺言は遺言者の死亡の時からその効力を生じるため(民法985条1項)、特定財産承継遺言の遺言者が死亡すると直ちに、遺言の内容に従って相続人がその財産を取得することになります。

この類型は遺贈(受遺者に財産を与えるもの)と比べ、実務上いくつかのメリットがあります。

  • 「相続」を原因とする登記として処理
  • 登録免許税は(相続を原因とする所有権移転登記として)固定資産評価額の0.4%
  • 権利証(登記識別情報)の扱いも相続登記の枠組みで処理でき基本的に不要

遺言書の作成をお考えの方は、ご家族が"もめない"ための遺言書作成もあわせてご覧ください。また、遺言の方式について詳しくは公正証書遺言とは?自分で進める流れや司法書士への依頼方法を解説!のページで解説しています。

遺言執行者は、特定財産承継遺言に基づいて登記できるか?

改正前:遺言執行者は相続登記を申請できなかった

遺言執行者は、遺言の内容を実現するために相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有しています(民法1012条)。しかし、改正前の実務では、遺言執行者が特定財産承継遺言による相続登記を申請することはできないとされていました。この取扱いの根拠となった判例を確認します。

平成7年判例:登記手続の義務を負わない

特定財産承継遺言により、相続人が被相続人の死亡とともに不動産の所有権を取得した場合には、当該相続人が単独でその旨の所有権移転登記手続をすることができるので、遺言執行者は遺言の執行として当該所有権移転登記手続をする義務を負わないと判示されました(最判平成7年1月24日)。

つまり、相続人本人が単独で登記申請できる以上、遺言執行者がわざわざ登記手続をする必要はない、という考え方です。

平成11年判例:妨害排除としての登記は可能

一方、不動産を相続させるとされた相続人への所有権移転登記がされる前に、他の相続人が当該不動産について自己名義への所有権移転登記をした場合(=遺言の実現が妨害されている場合)には、遺言執行者は遺言執行の一環として、当該妨害を排除するため所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができると判示されました(最判平成11年12月16日)。

このように改正前は、遺言執行者は通常の相続登記を申請することはできないが、遺言の実現が妨害されている場合に限り、妨害状態を排除するための登記手続は行える、という整理になっていました。

場面 改正前の遺言執行者の権限
通常の相続登記 申請できない(相続人本人が単独で申請)
遺言の実現が妨害されている場合 妨害排除のための登記手続(抹消登記等)は可能

民法改正後の遺言執行者の登記申請権限

対抗要件を備えるための行為が認められた

2019年7月1日に施行された改正民法により、特定財産承継遺言があったときは、遺言執行者は対抗要件(第三者に権利を主張するための要件)を備えるために必要な行為をすることができることとされました(民法1014条2項)。

不動産の所有権を取得したことを第三者に対抗する(主張する)ためには、登記をする必要があります(民法177条)。したがって、遺言執行者は特定財産承継遺言に基づいて相続登記を申請することができるようになりました。

なぜ改正が必要だったのか?

改正の背景には、対抗要件に関するルール変更があります。

改正前の判例では、相続による所有権の取得について、自己の法定相続分について登記なくして第三者に対抗できるとされ(最判昭和38年2月22日)、特定財産承継遺言による不動産の取得についても同様に、登記なくして第三者に対抗できるとされていました(最判平成14年6月10日)。

しかし、民法改正により、相続による権利の承継は、法定相続分を超える部分については、登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないこととなりました(民法899条の2第1項)。

つまり、特定財産承継遺言で財産を取得した相続人も、法定相続分を超える部分については登記をしなければ第三者に対抗できなくなったのです。それにもかかわらず、従来どおり遺言執行者が相続登記を申請できないとすると、遺言執行者は相続人が取得した不動産について対抗要件を備えることができず、権利を保全できなくなってしまうという問題がありました。

そこで、この問題を解消するため、遺言執行者に対抗要件を備えるための行為(=登記の申請)を行う権限が付与されたのです。

項目 改正前 改正後
遺言執行者の相続登記申請 原則として不可 対抗要件具備のために可能
法定相続分超過部分の対抗 登記なしでも対抗可能とする判例あり 登記等の対抗要件が必要
相続人が非協力的な場合 手続が停滞しやすい 執行者主導で登記を進められる

実務上のメリット:
遺言執行者が就任していれば、相続人間に感情面の対立があるケースや、連絡が取りにくい相続人がいるケースでも、遺言執行者が主導して登記手続を進めることができるようになりました。これにより、手続の停滞リスクを大きく下げることが可能です。

その他の遺言執行者に関する改正点

遺言執行者の通知義務(民法1007条2項)

改正前の民法では、遺言執行者に通知義務を課す明文規定はありませんでした。しかし、改正後の民法では、遺言執行者はその任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならないこととされています(民法1007条2項)。

遺言の内容の実現は、遺言執行者がいない場合は相続人が、遺言執行者がいる場合は遺言執行者が行います(民法1012条1項)。遺言執行者が就任しているか否かが不明だと、相続人としては自分が遺言の内容を実現すべきかどうかが不確定であり、不安定な状況に置かれてしまいます。

そこで、改正後の民法では、相続人保護のため、遺言執行者に対する通知義務が設けられました。

通知のポイント:
通知は、遺言で利益を受ける相続人だけでなく、法定相続人全体を対象に行うのが原則です。遺留分侵害額請求や遺言無効主張の可能性も考慮し、すべての相続人に判断の機会を確保する趣旨があります。実務上は、証拠が残る方法(書面・内容証明郵便等)で行うことが推奨されます。

遺言執行者の復任権の拡大(民法1016条1項)

改正前の民法では、遺言執行者は原則として、やむを得ない事由がなければ、第三者にその任務を行わせることができないとされていました。

しかし、専門家ではない一般の方が遺言執行者に指定されることも多く、十分な法律知識がないために職務の執行が困難になることも考えられます。また、遺言の内容が遺言執行者と相続人の利害が衝突するような場合には、遺言執行者がその職務を行うことが適切でないケースもあり得ます。

改正後の民法では、このような事情を考慮し、遺言執行者はやむを得ない事由がなくても、原則として自己の責任で第三者にその職務を行わせることができることとされました(民法1016条1項)。

司法書士からのアドバイス:
「遺言執行者=すべて自分でやらなければならない」というわけではありません。遺言執行者としての責任は負いつつ、実務(戸籍収集・金融機関対応・登記手続など)は司法書士等の専門家に委任(復任)するのが現実的な設計です。改正によりこの運用がしやすくなっています。

遺言執行の妨害行為への対応

遺言執行者がいる場合、相続人は遺言の執行を妨げる処分行為等をしてはならず、違反した場合にはその行為が無効となる場面があります(ただし、取引の安全の観点から善意の第三者保護が問題となることがあります)。

実務上は、遺言執行者が就任したこと、および相続財産の処分を控えるべきことを相続人へ明確に通知し、手続の途中で勝手な売却や担保設定が行われるリスクを下げることが重要です。

遺言執行者が関与する相続登記の実務フローと必要書類

手続の全体フロー

  1. 遺言書の方式の確認(自筆証書遺言/公正証書遺言/法務局保管制度利用の有無)
  2. 必要に応じた検認手続(自筆証書遺言で保管制度を利用していない場合)
  3. 遺言執行者の就任(遺言による指定または家庭裁判所による選任)と就任書面の整備
  4. 相続人への通知(通知義務の履行)
  5. 戸籍等の収集(相続関係の確認・不動産所有者の同一性確認)
  6. 固定資産評価証明書の取得(登録免許税の算定用)
  7. 登記申請(管轄法務局への提出)
  8. 登記完了後、登記識別情報の管理・引渡し(財産を承継する相続人へ)

必要書類の一覧

書類 趣旨・役割 備考
遺言書 登記原因(相続)の根拠となる書面 遺言の方式により添付の扱いが異なる
検認済証明書 自筆証書遺言で検認が必要な場合に添付 公正証書遺言・法務局保管制度利用の場合は通常不要
被相続人の除籍・戸籍謄本 死亡の事実および相続関係の確認 相続関係説明図をあわせて作成
住民票除票等 登記簿上の住所との同一性確認 住所のつながりが確認できることが重要
承継者(相続人)の住民票 新名義人の住所を登記するため
固定資産評価証明書 登録免許税の算定根拠 年度・評価額の確認が必要
遺言執行者の選任関係書面 指定の場合は遺言書、選任の場合は審判書等 就任承諾書をあわせて整えることが多い
遺言執行者の印鑑証明書等 申請書類との整合確認 事案によって要否が異なる

権利証(登記識別情報)が必要な場合・不要な場合

一般の方が混乱しやすいポイントの一つが、権利証(登記識別情報)の要否です。

相続を原因とする登記の場合(特定財産承継遺言を含む)

被相続人はすでに亡くなっているため、売買のように「義務者(売主)の意思確認」を登記識別情報で行う構造にはなりません。戸籍等の書類で相続関係を立証することで手続を進めることができるため、登記識別情報は原則不要です。ただし登記完了後は、新名義人(承継者)宛てに登記識別情報が発行されます。

遺贈を原因とする登記の場合(特に相続人以外への遺贈)

申請構造や本人確認の整理上、登記識別情報が問題となり、事前通知制度や本人確認情報の提供といった追加の対応が必要になることがあります。その分、費用や期間が増加する傾向があります。

重要な視点:
「遺言がある=手続が簡単」とは限りません。遺贈か特定財産承継遺言かによって、登記手続の進め方・税負担・必要書類が変わります。遺言書を作成する段階から、どのような内容にするか設計しておくことが、スムーズな相続手続の鍵となります。

まとめ

2019年の民法改正により、遺言執行者は特定財産承継遺言に基づいて相続登記を申請できるようになりました。さらに通知義務の新設や復任権の拡大など、遺言執行者制度が実務的に使いやすく整備されています。

不動産がある相続では、遺言の内容を実現するだけでなく、相続登記義務化(3年以内の申請期限)も見据えた設計が不可欠です。

  • 遺言の文言・類型(特定財産承継遺言か遺贈か)によって、登記の進め方、税負担、必要書類が変わります。
  • 遺言執行者を置くことで、相続人間の調整負担を減らし、手続の停滞や放置を防ぎやすくなります。
  • 依頼先は「紛争性」「資産構成」「期限」の観点で選び、登記を含めた全体設計ができる体制を整えることが、結果的に時間と費用の合理化につながります。

司法書士からのアドバイス:
相続登記義務化により、「いつかやればいい」という考え方は通用しなくなりました。遺言執行者の活用と専門家への早期相談が、円滑な相続手続の鍵となります。遺言書の作成段階から、登記手続まで見据えた設計をされることをお勧めします。

この記事の作成者兼監修者
板垣 隼(いたがき はやと)
司法書士 / 行政書士 / 1級FP技能士
司法書士法人 不動産名義変更手続センター 代表
司法書士事務所開業から17年。「難しいことを、やさしく、早く、正確に」をモットーに、相続登記や不動産名義変更の手続きをサポート。KINZAI Financial Plan・manegyへの寄稿実績あり。

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